地域の歴史やお国なまりを次世代に伝えたい
鹿児島市の北西に位置し、甲突川と国道3号に沿った細長い形の伊敷校区。「今も名残はありますが、その昔は石工をはじめとした職人の町だったようです」と教えてくれたのは同校区公民館運営審議会委員長の持増隼人さんです。
甲突川沿いに田んぼや畑が広がる農村地帯から、九州自動車道のICもある、鹿児島市の陸の玄関に変わり、国道の交通量は年々増加している伊敷校区の昔と今を物語るカルタを見つけました。
「風呂敷をあけたヤ伊敷の ヤセ(野菜)みやげ」「三号線 マコテ変わった車社会」。昨年5月、伊敷校区成人学級「史跡・伝承クラブ」のみなさんが作った「カゴッマ弁カルタ」です。「ア」で始まり「ン」で終わる46枚2組1セットで、表には「島津ドンの玉里御殿も女子高に」「諏訪神社
並んだ石碑がムカショ カタッ」「ドシャブイの八・六水害 チンガラッ」など、校区の歴史や文化、生活様式などが幅広く取り上げられ、裏には文章の意味や鹿児島弁の解説などが書かれています。
クラブのメンバー35人が、自分たちが過ごした昭和の時代の年中行事や体験談を次の世代に伝えようと文集を作ったのが始まり。そうするうちに「鹿児島弁も残したい。カルタ方式にしたら、子どもたちが遊びながら地域の歴史を学べるのでは」と盛り上がり、それぞれ班ごとにア行、カ行と分けて案を出し合い、その後編集委員8人で厳選して完成させ、地域の学校や幼稚園などに配布しました。
これを使って伊敷小学校では、6年生の総合学習の時間に、カルタ取りも行いました。「高齢者の方にふるさと先生として、読み手になっていただきました。子どもたちが読むより味わい深いですよね。今後もカルタを活用して、自分が住むまちの歴史を楽しく学んでいきたいですね」と福留潤一校長は語ります。
史跡も多く、薩摩藩に大きな影響を与えた桂庵禅師の墓、島津久光、その母お由羅(ゆら)などの足跡も見ることができる伊敷校区。「桂庵禅師のあとどころ」と歌い継がれている校歌のように、「カゴッマ弁カルタ」もお国なまりや歴史を引き継ぎ、異世代の交流を深める存在になりそうです。
